逍遙散、加味逍遙散は一般に婦人病で多く使用される方剤。
柴胡・芍薬・甘草・当帰・茯苓・白朮・生姜(煨姜)・薄荷の8味から構成されている。
加味逍遙散は、逍遙散に牡丹皮と山梔子が加味されたもの。
中薬学では、
柴胡:苦・微辛、微寒、肝・胆・心包・三焦、透表泄熱・疏肝解鬱・昇挙陽気
芍薬:苦・酸、微寒、肝・脾、補血斂陰・柔肝止痛・平肝斂陰
当帰:甘・辛・苦、温、心・肝・脾、補血調経・活血行気 止痛・潤腸通便
茯苓:甘・淡、平、心・脾・胃・肺・腎、利水滲湿・健脾補中・寧心安神
白朮:甘・苦、温、脾・胃、健脾益気・燥湿利水・固表止汗・安胎
煨姜:辛、温、肺・脾・胃、温中止嘔・散寒解表・化痰行水・解毒
甘草:甘、平、十二経、補中益気・潤肺祛痰 止咳・緩急止痛・清熱解毒・調和薬性
薄荷:辛、涼、肺・肝、疏散風熱・清頭目 利咽喉・透疹止痒・疏肝解鬱・癖穢
柴胡・芍薬の薬対により疏肝し、薄荷がそれを補助。
四君子湯に含まれる白朮・茯苓・甘草・生姜が健脾し気血生化。
総合して肝鬱血虚・脾失健運に使用し、疏肝解鬱・健脾和営するとされる。
これに加えて、
牡丹皮:苦・辛、微寒、心・肝・腎、清熱涼血・活血散瘀・清肝火
山梔子:苦、寒、心・肺・肝・胃・三焦、清熱瀉火 除煩・清熱利湿・清熱涼血 止血・清熱解毒
の2味が加わったものが加味逍遥散。
肝鬱血虚化火に使用し、疏肝健脾・和血調経・瀉火するとされる。
つまり、中医学でこの2剤は、脾虚を伴う肝鬱血虚が逍遙散、それに熱状が加わる場合(肝鬱血虚化火)に加味逍遙散となる。
【出典】
『太平恵民和剤局方』巻九・婦人諸疾(北宋・陳師文ら、1107~1110年)
血虚労倦にて、五心煩熱し、肢体疼痛し、頭目昏重し、心忪し頬 赤く、口燥し咽乾し、発熱し盗汗し、食を減じ嗜臥し、及び血と熱 相搏ち、月水 調はず、臍腹脹痛し、寒熱 虐の如きを治す。又 室女(=処女) 血 弱く陰虚し、営衛 和せず、痰嗽し潮熱し、肌体 羸痩し、漸く骨蒸を成すを治す。
出典である『太平恵民和剤局方』では、中医学で言われる肝鬱らしき症状は見られない。むしろ、血虚あるいは陰虚による虚熱症状が主。
加味逍遙散の出典は、
『内科摘要』(明・薛己、1529年)
加味逍遙散 肝脾血虚にて発熱し、或は潮熱し晡熱し、或は自汗し盗汗し、或は頭痛し目渋し、或は征忡し寧からず、或は頬赤く口苦く、或は月経調はず、或は肚腹 痛みを作し、或は小腹重墜し、水道渋痛し、或は腫痛し膿を出し、内熱し渇を作す等の症を治す。
「水道渋痛し、或は腫痛し膿を出し、内熱し渇を作す」あたりを見るに、下焦に湿熱がある場合に牡丹皮・山梔子を加えていると見られるが、やはり明らかな肝鬱は記載されない。
では、どのあたりから、肝鬱が含まれてきたのかを古典を見ていくと…
【古典】
・中国
『婦人大全良方・婦人骨蒸方論』(宋・陳自明、1237年)
血虚労倦にて、五心煩熱し、肢体 疼痛し、頭目 昏重し、心忪し煩赤し、口燥し咽乾し、発熱し盗汗し、食を減じ嗜臥し、及び血と熱 相搏ち、月水 調はず、臍腹 脹痛し、寒熱 虐の如きを治す。又 室女 血 弱く陰虚し、営衛 和せず、痰嗽し潮熱し、肌体 羸痩し、漸く骨蒸を成すを療す。
『明医雑著・附方』(明・王綸、1551年)
加味逍遙散 脾肝の血虚にて、発熱し、或は耳内 及び胸、乳、腹 脹り、小便利せざるを治す。
逍遙散 即ち前方より山梔、牡丹皮を去る。
『済陰綱目・治経病発熱』(明・武之望、1620年)
血虚労倦にて、五心煩熱し、肢体 疼痛し、頭目昏重し、心忪し煩赤し、口燥し咽乾し、発熱し盗汗し、食を減じ嗜臥し、及び血と熱 相搏ち、月水 調はざるを治す。又 営衛 和せず、痰嗽し潮熱し、肢体 羸痩し、漸く骨蒸するを主る。 一方 牡丹皮、梔子、炒するを加へ、加味逍遙散と名づく。
『同・治有熱虚労』
血虚労倦にて、五心煩熱し、肢体 疼痛し、頭目 昏重し、心忪し煩赤し、口燥し咽乾し、発熱し盗汗し、食を減じ嗜臥し、及び血と熱 相搏ち、月水 調はず、臍腹 脹痛し、寒熱 虐の如きを治す。又 室女 血 弱く陰虚し、営衛 和せず、痰嗽し潮熱し、肌体 羸痩し、漸く骨蒸を成すを主る。 熱 甚だしきは牡丹皮、梔子、炒するを加へ、加味逍遙散と名づく。
この段階でも、主治文は出典とほぼ同じで、1600年代に入り…
『医貫』(明・趙献可、1617年)
予 凡そ病の起くること多きは鬱に由ると謂ふ。鬱なるは、抑して通ぜざるの義なり。内経五法は五運の気 乗ずる所に因りて鬱に致ると為す。必ずしも鬱を怵れての鬱と作さず。怵れは乃ち七情の病にて但だ怵れもまた其の中に在り。…予 一方を以て其の木鬱を治し、而るに諸もろの鬱 皆 因りて愈ゆ。一方とは何ぞや。逍遥散 是なり。方中 唯だ柴胡 薄荷の二味 最も妙なり。
『景岳全書・婦人規古方』(明・張景岳、1624年)
逍遙散 ― 肝脾血虚にて、怒を鬱し肝を傷るなどの証を治す。
加味逍遙散 ― 肝脾血虚にて発熱などの証を治す。
『古今名医方論』(清・羅美、1675年)
逍遙散 肝火血虚にて火旺し、頭痛し、目弦し、頬赤く、口苦く、倦怠し、煩渇し、抑鬱して楽しまず、両脇に痛みを作し、寒熱し、小腹重墜し、婦人軽水調はず、脈弦大にして虚なるを治す。
ついに、『医貫』にて「鬱」「七情の病」、『景岳全書』で「怒を鬱し肝を傷る」、『古今名医方論』で「抑鬱して楽しまず」が登場した。この辺りから、逍遙散に肝鬱の要素が加わってきたようだ。
『証治準補・提綱門』(清・李用粋、1687年)
肝脾二経の血虚火症を治す。
薛立斎 牡丹皮、山梔を加へ、加味逍遙散と名づく。
『医方集解・和解之剤』(清・汪昻、1682年)
血虚にて肝 燥き、骨蒸し労熱し、咳嗽し潮熱し、往来寒熱し、口乾し便 渋り、月経 調はざるを治す。 本方 丹皮、梔子を加へ、八味逍遥散と名づけ、怒気 肝を傷り、血 少なく目 暗むを治す。
『医学心悟・類中風』(清・程国彭、1732年)
加味逍遙散 肝経の鬱火にて、胸脇脹痛し、或は寒熱を作し、甚だしきは肝木 風を生じて、眩昏振揺し、或は咬牙(こうが=歯を食いしばる)して痙を発し、一目は斜視、一手一足は搐溺(ちくでき=間代性痙攣)に至るを治す。此れ皆、肝気不和の症なり。
『医学心悟』では「肝木 風を生じて」と中医学での「肝風」を示唆し始めている。
『医宗金鑑・外科心法要訣・背部』(清・呉謙、1742年)
逍遙散 能く気血を和す。
『同・雑病心法要訣』
逍遙 脾を理めて肝を清す。
『成方切用・和解門』(清・呉儀洛、1761年)
血虚にて肝 燥き、骨蒸し労熱し、潮熱し咳嗽し、往来寒熱し、口乾し便 渋り、月経 調はざるを治す。凡そ肝胆両経 火を鬱し、以て胸痛、頭眩を致す。或は胃脘 心に当たりて痛み、或は肩胛絆痛み、或は時に眼 赤く痛み、太陽に連なり及び、婦人 鬱怒し肝を傷り、血 妄行し、赤白 淫し閉じ、砂淋崩濁などの証を致す。倶に宜しく此の方の加減 之を治すべし。
『蘭台軌範』(清・徐大椿、1764年)
肝家の血虚火旺にて、頭痛し目弦し、頬 赤く口 苦く、倦怠し煩渇し、抑鬱し楽しからず、両脇 痛みを作し、寒熱し、小腹重堕し、婦人 経水 調はず、脈弦大にして虚なるを治す。
…ということで、中医学では肝鬱に血虚が伴い化火する意味合いがあるが、登場する時系列としては血虚(陰虚)火旺が先で肝鬱と理解できる。
・日本
『衆方規矩・労嗽門』(曲直瀬道三、1636年)
肝脾の血虚労倦し五心煩熱し肢体の痛み頭目昏重し心忪し頬あかく咽乾き発熱し盗汗 食を減じ臥すことを嗜(すき)て寒熱虐(をこり)の如くなるを治し陰虚労嗽肌体羸痩して漸く骨蒸となるを治す。…〇本方牡丹(ぼたんぴ・さんしし)を加へて加味逍遙散と名く。
『勿誤薬室方函』(浅田宗伯、1877年)
逍遙散
血虚労倦、五心煩熱、頭目昏重、心松頬赤、発熱盗汗、及び熱熱相搏ち、月水調はず、臍腹脹痛し、寒熱虐の如きを治す。
『勿誤薬室方函口訣』(浅田宗伯、1879年)
逍遥散
此方は小柴胡湯の変方にして、小柴胡湯よりは少し肝虚の形あるものにして、医王湯よりは一層手前の場合にゆくものなり。此方専ら婦人の虚労を治すと云へどもその実は体気甚だ強壮ならず、平生血気薄く、肝火亢り、或は寒熱往来、或は頭痛口苦、或は頬赤く寒熱虐の如く、或は月経不調にて申分たへず、或は小便淋瀝渋痛族に云ふせうかち(=消渇)の如く、一切肝火にて種々申分ある者に効あり。『内科摘要』に、牡丹皮・山梔子を加ふるもの、肝部の虚火を鎮むる手段なり。譬へば産前後の口赤爛する者に効あるは、虚火上炎を治すればなり。
『漢方処方解説』(矢数道明、1966年)
加味逍遙散
虚証体質に現れる肝障害、とくに婦人に多く、神経症状をともなう諸疾患に用いる。本方は主として更年期障害(血の道病)・月経不順・流産や中絶および卵管結紮後に起こる諸神経症状に用いられ、また赴任諸・結核初期証候・尿道炎・膀胱炎・帯下・産後口内炎・湿疹・手掌角皮症・肝硬変症・慢性肝炎・癇癪持ち・便秘症等に応用される。
本方は少陽病の虚証で、病は肝にあるといわれている。すなわち小柴胡湯の虚証で、胸脇苦満の症状は軽く、しかも疲労しやすく、種々の神経症状をともなうものを目標とする。