漢方の勉強会の講師をしていると、その日のテーマがあると、最後にそれに沿った症例を提示することがあります。
これは、自分にかかわらず、そういうことをする先生方は多くいます。
これこれ、こういう症状の人がいましたよ。
それをこういう風に分析して、こう考えました。
なので、〇〇湯を飲んでもらいましたところ、これくらいで良くなりました。
聞いている側として、その日の総括的であり、リアリティがあるのでいいんですよね。
自分も、なるほど、次やってみようなどと思ってしまいます。
しかし、これっていわゆる「n=1」なんですよね。
つまり、サンプル数が1人、たった1例を報告しているだけなんです。
3た論法
コロナ禍でも話題になりましたが、「3た論法」というものがあります。
①パワーストーンを財布に入れた
②株価が上がり儲かった
③だからパワーストーンが効いた
というものです。
一見、確かにそうだと思えてしまいます。
しかし、実際そうでしょうか?
そうとは限りませんよね。
なぜなら、パワーストーンを持っていなかったら、株価が上がらなかったのかは分かりませんから。
更に言うと、株価であれば、むしろ、パワーストーンを持っていない人達も同時に儲かっているわけです。
つまり、サンプル数1であるその人が、パワーストーンを入手した後に儲かったことが、パワーストーンが効いたのだとは言い切れないのです。
新聞社の世論調査は1000前後でしょうか。
TVの視聴率調査もおよそ2000~3000だそうです。
統計学において、一定の意味を得るには、それなりに数字が必要になります。
たった1のサンプル数では、何も語れないのです。
医学での3た論法
これが、医学でも使われると
①薬を飲んだ
②病気が治った
③だから、薬が効いた
となります。
さすがに薬なら、これは効いて治ったんでしょう。
そう思いがちです。
しかし、では、薬を飲まなかったら治らなかったんでしょうか。
飲まなくても自然に治ったかもしれません。
飲んだから、治ったのかもしれません。
つまり、これでは、薬が効いたとは言い切れないのです。
1例報告は3た論法の可能性
以上のことから、勉強会などでとりあげる症例は、3た論法である可能性も拭いきれません。
時間をかけて、より多くの症例を積み上げることで、それが確信になっていくのだと思います。
また、本来は、「こういう症状の人に〇〇湯」がいいんだということを伝えたいわけではなく、考え方をお伝えしているつもりです。
我々医療者が3た論法の罠に陥ってしまうことはゆゆしき自体であります。
ところが、実は、一般の方も同様に、3た論法に陥っていることがあります。
・ネットで私の症状を調べたら、〇〇湯がいいと書いてあった
・知り合いの△△さんが、同じ病気で〇〇湯で治ったと言っていた
これらも、その人が治ったけれども、あなたはそれで治るか分かりません(⇒「同病異治と異病同治」)し、△△さんもその人お一人の話では〇〇湯が効いて治ったのか分かりません。
ですので、私は、できるだけ、3た論法に惑わされないように、目の前の体調でお悩みの方の状態を真摯に受け止めて、一緒に改善に向けていければと考えています。